Shio's 感じたことやら考えたことやら。。


by linsshio

5月の終わりに、福島に行ってきた

思えば5月はいろんな場所に行った。刺激的でうまく咀嚼できていずブログになかなか書けなかったということかと思えるのが、この福島。でも書いてみようと思う。

アーススパイラルの安珠さんとしげさんのところで行われた「トランジションうつくしま」の合宿。5月は今年予定しているうちの第1回目。日本全体が緊迫している中、福島はその中でもとっても哀しいことが起こっている状況で、、そんなときに「FUKUSHIMA に希望の光を灯すために」というタイトルで行われた合宿だ。そう、明るい未来につながる一筋の光を求めるように、さがすように、流れていったような2日間だったと思う。

冬に行った裏磐梯は一面の銀世界でキラキラしてた。そして5月末の裏磐梯は雪もすっかり溶けて、ヤナギも芽吹き、カラマツも新芽を吹き出していた。
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私は一日目、少し遅れて午後からの参加だったので、到着してしばしその辺りを一人お散歩してみた。カツラの木も葉を広げ、湖近くの森を歩くと、エゾハルゼミの声やカエルの声。生きものたちがこの季節を精いっぱい生きている元気な音がたくさん聞こえてきた。
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私が参加したのは、何かしたい、何かしなきゃと思っている関東やら関西などに住む私たちにはまず現状を知ることが大事だと思ったからだ。それにはいっときでも身を置いてみるのがいい。

私が参加した最初のプログラムではあんじゅさん、しげさんがトランジションタウンについて、説明してくれた。トランジションタウンが目指すのは、地域の力で持続可能なまちへ移行すること。大量の化石燃料に頼りきった弱いまちから地域をベースにしたしなやかで強いまちに移ること。2005年にイギリスのトットネスで生まれたその動き、今では日本にもひろがりつつあるのだそうだ。

フィジーでいつも感じる、無理無駄のない生活、ものを創り育てる生活。こういう生活態度は日本の社会、いや人間社会の存続と希望ある発展にはなくてなならないもの、トランジションタウンの取り組みにも同じものを感じた。

一緒に参加したメンバーには郡山からのTちゃんも。彼は放射線量によって日々揺れ動く気持ちを伝えてくれた。福島第1原発事故の影響で、全域が計画的避難区域に指定された飯館村からいらした負けねど飯舘パンダP。さんは飯館村の状況について話してくれた。

飯館村は地盤がしっかりしていて地震による被害はそれほど大きくなかったのだそうだ。が、原発のことは地震直後にみんな心配した。でもすぐに「大丈夫だ」「安心だ」と学者などが述べていくのを聞いて、そうなのかと信じて、近隣の被災が激しい村を助ける準備を村を総出で行なっていたところだった。そして3月15日。白い雪が、放射性物質と一緒に村の人たちの上に降った。

2日目には福島市で行われていた放射性物質の勉強会を含むイベントに参加する機会をいただいた。そこでは、正しいことを何も知らせてくれない行政に対する我慢の限界を超えた力が集まっていた。飯館村のパンダPさんも飯館村の状況をお話した。
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子供を守るために立ち上がっているお母さんたちのお話、自分たちの食べている野菜などを持ち寄って放射線量はどのくらいかを測るグループ、そしてチェルノブイリ原発事故の後、同じように「フランスは大丈夫だ」といったフランス政府を信じず立ち上がったNGOの調査研究団体CRIIRADで、核物理学を専門としているブルーノさんによる放射性物質や日本の状況、内部被爆についての勉強会。
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CRIIRADについてはこちら>>

ブルーノさんの話はわかりやすかった。
放射性物質による被害は癌だけでなくいわゆる生活習慣病という形で出るものでさえその原因が被爆である場合があることも納得できた。大人と子供では同じベクレルの放射性物質により被爆しても健康への被害度がケタ違いであることも数字で示してくれた。フランス人からはなしを聴いているという事実に、日本の研究者の存在価値を考えてしまった。

CRIIRADによる3月15日の放射性物質の拡散シミュレーションをみて、今回の原発事故がどんなに悲惨なことなのか、そして3月15日という日がいかに重要な日になってしまったのかということを痛感した。日本でのその日の実測の放射線量がインターネットで公表されているのはなんと東京都産業局による東京世田谷区深沢のデータしか探せなかったという事実にも、その値が通常とはかなり違うのにも唖然とした。

東京世田谷区深沢のデータ>> ※最後の頁が3/15

また国際機関による避難地域指定のためのシーベルトには20-100mSvとかなりの幅があり、その理由は、それぞれの国の社会的、経済的状況により基準を定められるようにしておくためなのだそうで、健康第一に決まっているということではないみたいなのにもあんぐりした。

この合宿で日本について思ったこといくつか。
・日本という国には隠し事が多くて正しく知ることが難しいんだということ。
・日本の国民はそういうことをほおっておいてしまったということ。
・それでよいと状況に甘んじる気持ちが芽生えがちな国民なのではということ。
・日本って思いのほか選択の自由がないということ。

福島では田んぼの田植えも行われていて、きいたところ、食べることができなくなっても通常通り育てようと農協がいっているのだそうだ。そうすることで被害の状況をしっかりと把握できるから。そして住民のみなさんは健康手帳で自分の健康状態をしっかりと記録することが大事という話もあった。

感じたこと、考えたことはたくさんあるのだが、まだ頭のなかがとりとめのない状態でなかなか整理がつかない。でも、これまでも動いてきたように、植物と本気の付き合い、自然とのつながりをしっかりと感じて、考えて、生活していくということを自分も実践して、周りにいてくれるみんなにも伝えたいと、その気持ちを強くした。そして一緒に参加したEさんが言っていたが、子どもに恥ずかしくない大人であるように生きたいと私も思った。
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P.S.遅ればせながら村上春樹のカタルーニャでのスピーチを先ほど読んだ。心に響いた。「安らかにお眠り下さい。過ちは二度と繰り返しませんから。」 そのためにはしっかり記憶に刻んで声を上げる意識を持続させなくてはならない。忘れたいと思うような現実でも目をしっかり見開いていかなくてはならない。それは今このときに日本に生きている日本人に課せられた歴史的な義務だ。

村上春樹のカタルーニャでのスピーチ >>
by linsshio | 2011-06-15 23:00 | 日々のこと