Shio's 感じたことやら考えたことやら。。


by linsshio

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蓑虫がついた

うちのベランダにいくつか鉢があって、私の不義理な付き合いにもめげずに春になり、一回り立派になってくれていたりする。そのひとつの多肉系植物君がいて、最近非常に元気そう。昨日を水をあげていて気がついた。蓑虫君がついている。いったいどうやって舞い降りたのか、枯れた松葉のような葉をつけてなかなか居心地よさ気な家を作った蓑虫君、ぶちゅっとしっかりついている。そして、ぶちゅっとついた葉には比較的新しい切断面が。ってことは、蓑虫って蓑の中で眠ってるんじゃなくてちょくちょく出てきてるって事だね。で、おいしい新葉をたらふく食べてあたたかなお家に入る。なかなかいい生活じゃないか。

全然違う話だけれど、シュタイナーの色の本買ったら、本の紹介なぞが挟まっていた。シュタイナーのことを「不可視なものについての科学者」って書いてあったけど、不可視なものをしっかりとらえるには可視な物をじっくり受けとめることが大事だね。と、ゴッホのことやらゲーテのことやら考えるとそう思う。さて、お風呂に入って、それからリアリティバイツでもみようかな。
by linsshio | 2005-05-30 23:46 | 日々のこと

光の国を思うことにする

昨日はAyachanとあざみ野の湯けむりの里へ行って、その後うちにお泊り。
Ayachanは私はいったいどこから来たのか前から不思議に思っていたという。別にどこからってこともなく、、と私が言い、おもしろい夜が始まった。
ボイスヒーリングをしているAyachanは私の背に手をあてて声を出し、そしていくつかの言葉を口にしてくれた。それは私がもと居たところの人の声だそうだ。
・私は光の国(国って言うのはへんだけど)から来た。
・けれども私は闇が好きで、そのなかで遊んでたり漂ってたりで戻りたくないらしい。
・私は光の国には闇はないと思っていて、それが戻りたくない理由だ。
・それは間違いで光の国にだって闇はあり、それはもっと深いんだ。
・そこに漂っているのはもう十分なんじゃないか。
・時間を無駄にするな。出し惜しみするな。もっと早くからもっと人の役に立ててたはずだ。
・光の国を簡単に受け入れられないのは私の個性だからしょうがないけれど、でも光の国を認めて戻ってほしい。

不思議な言葉と思えばそうなのだけれど、でもけっこう心当たりがあって納得がいく気がする。「あなた(私のこと)よりよっぽど深い闇を知っている」という光の言葉はずんと響いた。確かにそうなのだろうね。私なんてあまちゃんだ。ふと我にかえると、んーといっても、光の国に戻るってどういうことかわからないし、出し惜しみするなって言われても何を出し惜しんでいるのかわからないしそんなものあるかって思ったりする。
でも、その声を聞いている間に、光を少し認め始めた自分に気がついた。そして光って何かを知りたいと思うようになった。そしたらなんだか今朝からおもしろい。

その1:
サクラメントのパウワウで手に入れた青い石を今Tさんにペンダントにしていただいているのだけれど、そのTさんからデザインができたとメール、「クリソプレーズはまさに村上さんの石でした!」と言われてとても嬉しくなった。そういえば、その青い石、もともとついていた銀のフレームが重くて、それをはずして軽く自由にして欲しいってお願いしてるんだった。
その2:
なぜか23歳の頃にもらった母からの手紙を読み返してみた。そしたら「志緒が書いたものから浮かんでくる情景は「動く光」です。」って書いてあった。
その3:
光、光と意識がいき、色に関心が行きだした。ゲーテの色彩論。

もうおもしろくないでしょと言ったAyachan。自分はこんなんじゃないぞと思っているだろと言ったHさん。ありがとです。
オーラソーマのボトルをひとつ選んだら、New Messenger。変革、脱皮。メインテーマはフィーリングの表現だそうな。まああせらずに、でも光に意識をもって、で、探してみよう。確かに変わりどきだよな。
by linsshio | 2005-05-26 00:01 | 日々のこと

ゴッホ展に行ってきた

おととい、母とゴッホ展に行ってきた。27歳の母が上野で観たときも美術館の外をぐるぐる回るくらいだったそうだが今回も水曜というのによく混んでいて、チケットを持っていても待ち時間100分だった。入ってからも人混みで、しっかり観るには一番前に行けるようにゆっくり並んで遅々と歩くしかない。年代を徐々に進みながらじっくりみた。

最初のうちはたくさんいる人の声が聞こえてきたり、極めて客観的に観てたりしたけれど、少し離れたところから「The Yellow House」をみつけたら時がぷちっと止まった。ゴッホの生涯でほんのいっとき期待に満ちていた頃のあの家、空の青、家壁の黄色、どれも突き抜けるように鮮やかで、切なくて胸が痛くなり、自然と泣けてきた。ゴッホの眺めた黄色い家。その横に集う人々の声。晴れた空。陽の当たる壁。

その後、ゴッホはサンレミの「療養院の庭」を描く。その庭は動きのある緑に満ち溢れ、そよぐ風の音が聴こえる。そして、療養院の奥の壁は「The Yellow House」と同じ、平たい黄色だ。いきいきとした草や木を描きながら、むせるような草木の息を、それらの生を代弁しながらも、ゴッホには生きる力は宿らなかった。ゴッホの描くものは、なんといきいきとして切ないことか。
by linsshio | 2005-05-21 08:06 | 観た・聴いた

GWも半ばを過ぎ・・

皆さんいかがお過ごしでしょうか?
私はというと前半、博多からtotoのいとこ夫妻が来てくれて、食べ歩き、温泉三昧の美しき日々が終わってしまったところ。
今日は、中休みで、ウッディアレンの映画を見に行ってきたよ。
で、明日から山梨に出掛けて、できれば土曜に山に行きたい。山に登ると言わないまでも渓谷(候補ナンバー1は徳和渓谷)で、そよぐ風に眩しい太陽を味わいたい。
いとこ夫妻と尾白川渓谷にいったんだけど、山道が崩れてて途中までしか登れず、いつものお気に入りの岩テーブルまでたどり着けない無念を味わったのでした。
でも尾白も美しかったよ。キセキレイがちょんちょん鳴いて谷を渡り、そしてことの他、今年は春が早い気がする。イチゴの花も、そして広葉樹の緑もきれいでした。
可憐なうつむきかげんのいちごの花を見てちょーだい
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by linsshio | 2005-05-05 18:38 | 日々のこと