おばあちゃんの住んでいた家

今日はお墓参りに行ってきた。
父や母はお墓にはいなくて、そこにはおじいちゃんやおばあちゃんやおじちゃんやおばちゃんがいる。
久しぶりにお寺にいって、そして花をいけて、お線香をあげて・・。
静かな気持ちでお墓を眺めながら、父や母の幸せを思った。
そして、そのお墓に眠る人たちの名前を読みながら、それぞれのいきいきとした暮らしぶりが蘇ってきたり、父や母が話してくれた鮮やかな人格から想像したりもした。
そして、人がこの世に生きるということは素敵だと思った。

その帰り、今はもう誰も住まなくなってしまったおばあちゃんの家のあたりに行ってみた。
人が住まなくなった一画には、住んでいた痕跡だけが残り、寂しいけれど、確かにそこに大事な生活があったことを物語ってくれていた。
庭の方にいってみた。山茶花が咲き、椿の花が咲き始め、辛夷の木も新芽をつけてすくっと伸びていて、太陽に向かっている。
木の下から空を見上げてみた。
眩しさが切なかった。

ふと白い尻尾が動いた。
一匹の猫がいた。
丸い顔をした白い猫。
私と向かいあったら、しっかりと私を見て、伸びたり縮んだりして、なんだかはにかみながら挨拶をしてくれているみたいだった。
たぶん彼には居心地の良い場所みたいだ。

君、昔、ここに私のおばあちゃんが住んでいたんだよ。
鳩時計がなって、子供だった私はよく遊びにきた。
父も母も、おばあちゃんもみんな元気だった。
そんな場所。

もう少ししたら梅が咲き、辛夷が咲き、夏が来たら蝉が鳴き、そして秋になったら柿が落ちる。
何があってもしっかりと動いていく季節や年月ってすごい。
おばあちゃんも、父も母も、猫も、もちろん私も、そんななかの一瞬。
生きるなんて一瞬のきらめきのようなもの。
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by linsshio | 2019-01-05 18:50 | 日々のこと

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