カテゴリ:日々のこと( 481 )

おばあちゃんの住んでいた家

今日はお墓参りに行ってきた。
父や母はお墓にはいなくて、そこにはおじいちゃんやおばあちゃんやおじちゃんやおばちゃんがいる。
久しぶりにお寺にいって、そして花をいけて、お線香をあげて・・。
静かな気持ちでお墓を眺めながら、父や母の幸せを思った。
そして、そのお墓に眠る人たちの名前を読みながら、それぞれのいきいきとした暮らしぶりが蘇ってきたり、父や母が話してくれた鮮やかな人格から想像したりもした。
そして、人がこの世に生きるということは素敵だと思った。

その帰り、今はもう誰も住まなくなってしまったおばあちゃんの家のあたりに行ってみた。
人が住まなくなった一画には、住んでいた痕跡だけが残り、寂しいけれど、確かにそこに大事な生活があったことを物語ってくれていた。
庭の方にいってみた。山茶花が咲き、椿の花が咲き始め、辛夷の木も新芽をつけてすくっと伸びていて、太陽に向かっている。
木の下から空を見上げてみた。
眩しさが切なかった。

ふと白い尻尾が動いた。
一匹の猫がいた。
丸い顔をした白い猫。
私と向かいあったら、しっかりと私を見て、伸びたり縮んだりして、なんだかはにかみながら挨拶をしてくれているみたいだった。
たぶん彼には居心地の良い場所みたいだ。

君、昔、ここに私のおばあちゃんが住んでいたんだよ。
鳩時計がなって、子供だった私はよく遊びにきた。
父も母も、おばあちゃんもみんな元気だった。
そんな場所。

もう少ししたら梅が咲き、辛夷が咲き、夏が来たら蝉が鳴き、そして秋になったら柿が落ちる。
何があってもしっかりと動いていく季節や年月ってすごい。
おばあちゃんも、父も母も、猫も、もちろん私も、そんななかの一瞬。
生きるなんて一瞬のきらめきのようなもの。
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by linsshio | 2019-01-05 18:50 | 日々のこと

ただいま甲府。

ただいま甲府。
なんだか並んじゃって。
写真ばかりになっちゃった。
今日は父がこの世からいなくなった日。
あの日の甲府も寒かった。何年も経ったけど今でも昨日のことのよう。
今日は実家に帰り、弟と弟の彼女と三人で食事した。
こんな風に弟に感謝の気持ちがいっぱいになる日が来るなんて^_^父はよく、二人だけの兄弟だから仲良くしろって言ってたけど、大丈夫、この家には温かな気持ちが溢れてる。
明日は3人で御墓参りに行こうということになった。父や母はそこにはいないお墓だけど。
今日確信したこと、一つ時代が終わった。

犬は弟と私で飼ってたタロ。私が拾った犬の長男。健やかで可愛いっタロ。

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by linsshio | 2019-01-05 15:26 | 日々のこと

2019年が始まりました。

2019年が始まりました

今日は朝そうじ、朝ヨガ、ウクレレ、読書、unnatural鑑賞と年の始めのお休みらしい日でした。
ここのところ気づいていたのですが、最近の私に授けられているテーマは愛と理性。若干、母が乗り移った感あり^_^ 第一に愛、第二に理性、そのまま今年のテーマみたいなものかと思う。

そして昔、東福寺で買った「禅聖典」を読み返してみた。般若心経の最初の一節の意味はというと。

「心性の自在を観察し得る人は、深広無辺の妙智に透徹するが故に、この身も心もなべて皆、実相の姿なりと悟り、目前の虚相にのみとらわれないから、一切の苦厄も障りとならなくなってしまう。 」

だそうだ。深く広く限りがない心性の存在や実相は、投射幾何学みたいだ。

「自らを灯とし、自らをよりどころとせよ。」

みなさま、本年もよろしくおねがいいたします。

by linsshio | 2019-01-02 07:47 | 日々のこと

秋も深まりました。

日も早く暮れるようになり、風を冷たく感じる日が続くようになってきました。
みなさん、お元気でいらっしゃいますか?

9月はオータムマルシェをはじめとして、イベントが続き、気がつくとあっという間に過ぎてしまったようです。
でも振り返るとたくさんの経験をした月でもありました。

9月の半ばから終わりまで、トトラボのフィジーのテクニカルスタッフであるトカイ(Timoci Mawi)が来日しました。
来日翌日の清里での上田高校スタディツアーをスタートに、日吉のヴィヴォの家でのマルシェや、高槻のアロマ・フランスさんでのセミナー、大阪はHolistic Living Herbs for Mの木下政津子さんとの開催セミナー、そしてフロスヴィータの京ヶ島弥生さん主催の鎌倉いしわたりでのイベントと多くの場所で日本で私たちの近くにいてくださるみなさんと触れ合う機会をいただきました。

トトラボでのトカイのお仕事は、オリジナルプロダクツであるFijianTradを作り上げる過程で蒸留をしたり、ハーブをドライにしたりとといったところから、最近では日本への発送などもィジーから日本に着くまでのほぼ全てを担当してくれています。

いつもはフィジーのラケンバ島にいるトカイに、自分が収穫して、蒸留して、やがてできあがるプロダクトを、日本のみなさんがどんな風に手にしてくれているのか、そんな様子を実感してもらうというのは、彼の日本滞在時の大きな目的の一つでした。

日本のみなさんにも、フィジーの文化を体験していただく機会をつくって、より近くにフィジーを感じていただけたら嬉しいとも思っていました。トカイには、フィジーの正装、タパ布でつくったスルを着てもらい、伝統的な嗜好飲料カヴァカヴァを飲み交わすセブセブをしてもらい、そして、ココナッツのミルクからオイルを仕上げる過程を体験するココナッツワークをしてもらい、そして腕のタトゥーに描いたストーリーも話してもらいました。
このワークを通して私自身、改めてフィジーの文化を捉える機会となりました。ご参加いただいたみなさんに感謝、ハーブ文化を繋いでいるフィジーのきめ細やかな心持ちを感じ取っていただけましたら嬉しいです。
一生懸命はたらいてくれたトカイにも感謝です@^-^@

フィジーは私にたくさんのことを教えてくれる場所です。無理なく無駄なく、海や山や家族やご近所や、自分を取り巻くあらゆるものと丁寧に付き合うことで生まれる人の知恵を感じさせてくれたのはフィジーです。そんなフィジーから来たトカイには日本はどんな風に見えたのでしょうか。

日本とフィジーは全然違って、日本は先に行っていて、いろんなことを味わいつくしてきている国でしょ?
薬もたくさんあって、そんな国の人たちが、ハーブのこと、フィジーのハーブのことを知ろうと思って集まるのはとっても興味深いと思った。新しく薬を使えるようになってきているラケンバで、ある日ネーナが薬を手にしようとしたら、そこにきていた人が、ネーナ、その薬はどこから来て何でできてるか知っているのか?ときいたことを思い出した。
そんなことを言っていたのは印象的でした。
そして、車も豊富にあって不自由なく乗れるはずの日本の人たちがよく歩くといって感心していました。こんなふうにスタスタよく歩くからみんなスリムなんだねと言っていました。

トカイはラケンバに、かまどの火と川を流れる水を使う蒸留場所をしっかりつくるために準備を始めました。
これからのFijianTradにご期待いただけましたらとても嬉しいです。

Shio
2018年10月15日


by linsshio | 2018-10-15 23:05 | 日々のこと

昨日、ラ・ターブルベールの尾形さんがハチミツ講座で金子みすゞさんの詩を紹介してくれた。素敵な詩なのでシェア。


「はちと神さま」金子みすゞ


はちはお花のなかに、


お花はお庭のなかに、


お庭は土べいのなかに、


土べいは町のなかに、


町は日本のなかに、


日本は世界のなかに、


世界は神さまのなかに。


そうして、そうして、神さまは、


小ちゃなはちのなかに。






by linsshio | 2018-05-18 07:02 | 日々のこと

4月の前半にフィジー、まずはUSPで研究話を。

4/3からフィジーに行ってきます。
今回はまずはスバにあるUSP、university of south pacific、つまり南太平洋大学というでっかい名前の気持ちの良い大学で、4日の昼にセミナーを。
タイトルは
Compornent difference of Super Critical Carbon Oxiside Extracts and morphological consideration among Alpinia spp. from three different origins in Japan and Fiji.

沖縄のシマゲットウと大東月桃、そしてフィジーでゼブガcevugaと呼ばれる中からの一つを比較したお話です。
超臨界二酸化炭素抽出法でのエクストラクトの成分と、形態と、そして使い方と。

これからまとめます^_^

by linsshio | 2018-03-26 09:37 | 日々のこと

久しぶりに清里に行ってきました

啓蟄を迎え、少しずつ春本番に向けて、あたたかい日も増えてきました。
みなさま、いかがお過ごしですか?

この日曜月曜は3年ぶりに山梨県北杜市清里の清泉寮にて「ハーブ&アロマリトリート」を開催いたしました。
冬の緊張感を残しながらも春の準備を整えた森は、自然のリズムの確かさを感じさせてくれ、私たちに安堵感を与えてくれます。

この日はとても暖かく、冷たい風は吹かずに、迎えてくれたのは雪解けのみずみずしい空気。
ウラジロモミやアカマツが静かな森でも緑をたたえ、たくましい力を与えてくれるとともに、葉を落とした広葉樹やカラマツの多い森には、春の太陽が降り注ぎ、それはそれは美しいものでした。
眩しい太陽の光を浴びながら、空の方に目を向けると、ハンノキの実が、豊かだった一年を物語り、素敵なシルエットを見せてくれていました。
二日目は、霧と雨の一日となりましたが、あたたかい空気に湿り気が混ざり、モミの甘い香りが漂ってきました。

森は私たちに安堵感をあたえてくれる。
そして私たちを綺麗にしてくれる。

この地球を分かち合う生き物たちと一緒にしっかりと地に立っている確かさは心に恵みを、そして清々しい空気は体をも清々しくしてくれます。
春の花も咲き始め、これから春はどんどん動き、自然のリズムのダイナミックさを感じさせてくれます。
外に出て、歩いて、健やかな季節と恵みを満喫したいものだと思いました。

さて、トトラボでは2017年後期の講座が終わりを迎え、新しい年度に移る時でもあります。
今朝配信したレターでは、春から秋、みなさんをお迎えしたいプログラムをご紹介いたします。

ヴィヴォの家で、新しい春、伸びゆく夏をご一緒できることを楽しみにしております。
ぜひお出かけくださいませ。


by linsshio | 2018-03-09 08:58 | 日々のこと

中心と周縁部

一日の終わりに大阪に到着。今日は盛りだくさんな一日だったけど、朝から、中心と周縁部について考える日だった。

ゲーテ的自然観察という講座では対極性について思いを巡らしたんだけど、朝に準備をするところから始まり、それが一日続いたような感じだ。

収縮と拡張、中心と周縁部。

自然が見せてくれる世界には、こういった対極性がもとになったリズムやダイナミズムがあちこちにある。私たち人間は、もちろん自然から出来上がった生命を持った存在で、こういった対極性の中にいる。

中心点と極点、ミクロとマクロ、時間と空間。

ウロボロスの蛇っていうのがあってその蛇はぐるっと丸くなって自分の尾を食べたいたりするんだけど、そこにはつながる階層の中に位置する無数の対極性が、いれこのようにも隣り合わせにも存在する。

自然のつくるものはどんなものでも、確かな中心と外界との境目を持っている。

魂と物体としての境目。個と社会。

計画して準備して来たる変化に向かって進んでいく。そんな力は人間よりも植物の方がはるかに秀逸だと思う。

そういった力を必要な分保ちながら、いろんな層の関わりの中で社会的に動いていく。たくさんの刺激を受けながら、中心を失わず、健やかな感受性や思考を周縁部で働かせ、それを中心に降ろすことがどうできるのか。
人間はいきもの的には、社会性をつくりながら、いかに進化できるかを試されているような気もする。

地球の中心に向けて安定的に凸型で根を伸ばし、地上では太陽に向かい、凹型の身振りを持って軽やかに動く植物は、多分、中心と周縁部の引き合いのバランスをうまくとるのがお得意。
そんな植物は私たちにいろんな知恵を与えてくれるなと改めて思った今日。

by linsshio | 2018-02-13 23:54 | 日々のこと

春を迎える頃

新しい年になり、ひと月が経ちました。
ここのところの寒さで、春はまだ先のように思えますが、もうすぐ節分、立春。
コブシの蕾は暖かそうなコートに包まれ、梅の蕾も膨らみ、みなさま、春を迎える準備を整えていらっしゃるようです。

このレターで何回か書いたことがあるので、またと思っていただける方もいらっしゃるかもしれないのですが、この頃になると思い出す歌があります。それは3歳だった私に刻まれた歌。

あんな小さな蕾の中に 
お花たたんで入れてあるの
誰がたたむのお花たたむの
春のお支度誰がするの

その昔私の通った三歳児保育はYMCAのその名もつぼみぐるーぷ。
初めて家族と半日離れて、違うおうちのみんなと過ごすという社会生活第一歩の頃に覚えた歌です。

このお歌の問いかけは私の中にしっかり根を下ろし、今もその春のお支度のしくみを知りたい気持ちを持ち、お支度から花開く春の季節の素敵さを毎年喜べる大人になりました。

これからの季節を思うと胸が躍ります。
私たちを取り巻く、生命あるものたちが、どんな風に弾もうかと、むずむずわくわくしている頃・・。
それらの期待は確実に来る春につながり、私たちに信じる力を与えてくれると思います。

2018年2月1日
Shio
(トトラボニュースレター第99号 村上から一言 )


by linsshio | 2018-02-02 10:56 | 日々のこと

振る舞いの逆行

多分三年くらいになるかもしれないのだけど、ゲーテの植物形態のとらえ方をテーマにセミナーをしている。自然の有り様は日々変化していくことが常で、植物も同じように変容していっている。

形成意欲という言葉は、生き物が、方向を持って変容して進んでいく形の作り方の中に一つの大きな目的があり、そのための意志、意欲が根本にあることを示したものだと理解している。

で、今、一枚の葉が完成していく振る舞いと、一つの植物が完成していくときに作る葉の配列の変化を合わせてみるという試みをしている。すると、それらには共通する四つの活動がみられるのだが、それらが逆行していたりすることに気づく。
一つの葉が、芽として出て、伸びて広がる、それと逆の伸びて広がっている状態から、細く、小さくなっていく様が全配列にはみてとれるのだ。

そんな観察をしながら、人が年を重ねることを思ってみた。成長して、いきいきと仕事なり遊びなり夢中に動いて、そして実り、、確かに小さくなっていく。その変容があってからこそ、めざす、次の世代づくり、花を咲かせて実をつけ、最大の拡張である種まきに繋がるのだ。そんなことがこの前母と話した離肉の話を思い出させた。変容の変換点はなんだか人の還暦みたいだ。

冬至を過ぎて、太陽と一緒の時間が日毎に増え、やがて春を迎えて、太陽がさんさんと照る夏、秋から冬へと確かに凝縮していく、一年の流れもおんなじ。

自然が刻む時というのは、確かに根本がある。植物の移りも人の移りも季節の移りも、おんなじ。だから年相応って大事かも^_^と思ったりした。小さくなりながら、どう凝縮していくか、そういうことはとても大事と思ったりする。次に待つ最大の拡張のために。研ぎ澄ましながらのシンプルな凝縮がいい。そして年をとりながら少女の気持ちが蘇るってのもアリだ。
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by linsshio | 2018-01-23 02:02 | 日々のこと

Shio's 感じたことやら考えたことやら。。


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